遷移金属錯体の学習において非常に重要となるのが、「錯体の電子数を数えられること」です。
ただ、「錯体の電子数を数える」というのは一見難しそうで、よく分からないと思っている人も多いのではないでしょうか?
そんなあなたも、これを読めば錯体の電子数を数えるコツを掴むことが出来るでしょう!
この記事では、錯体の電子数をどのように数えるかについて問題演習を通じて解説していきます!
配位子には種類がある
まずは、少しだけ化学結合についておさらいしましょう!
高校の化学で習ったように、結合には共有結合、イオン結合、金属結合、配位結合…などがありますよね。
遷移金属錯体の電子数を数える上で重要となるのが、共有結合と配位結合の2つです。
(配位結合は共有結合の1種と言えますが、あえてここは区別します)
そして、配位子のうち、共有結合するものをX型配位子、配位結合するものをL型配位子といいます。
ぜひ、「共有結合→X型、配位結合→L型」というのをしっかりと記憶しておいてください!
X型配位子及びL型配位子についてそれぞれ例を挙げると、
X型 : H(ヒドリド)、Cl(クロロ)、R(アルキル)…など
L型 : PR3(ホスフィン)、CH2=CH2(アルケン)、CO(カルボニル)…など
の配位子があります。

図 X型配位子とL型配位子の例
上図を見て、なんとなくどれがX型配位子でL型配位子であるというのが掴めるのではないでしょうか?(ただし、COがL型配位子というのは少し説明が必要になります。)
それで、実はこのようなX型、L型だけではなくLX、LX2…といったようなそれらを組み合わせた配位子もあります。
実際に例を挙げると下図のような感じです。

図 コンビネーション配位子の一例
ここで、ηnは金属原子と形式的に結合している原子の数nを表しています。
まず、η6-C6H6がL3型の配位子であるというのは、二重結合が3つ配位していると考えればすぐに分かりますよね。
問題は、η3-アリルとη5-シクロペンタジエニルです。
このような配位子では、上図のように前者では1つの配位と1つの共有結合、後者では2つの配位と1つの共有結合と考えれば、理解できるでしょう。
普段はそれぞれ左のような図で描かれていますが、右のように二重結合を描いてみるとどのような型の配位子か分かりますよ!
錯体の電子数の数え方
配位子の種類について理解したところで、実際に錯体の電子数の数え方について学習していきましょう!
実は、錯体の電子数の数え方には2つの方法があります。
それは、「中性配位子法」と「電子対供与法」です。
どちらの方法でも問題なく錯体の電子数を数えることが出来ます。
しかし、個人的には後者の「電子対供与法」の方がおすすめです!
ですので、どちらか片方だけ理解すればいいやという方は「電子対供与法」の方だけお読みください!
中性配位子法
この方法は名前の通り、すべての配位子は中性であるとして電子を数え上げる方法です。
基本的には、
錯体の電子数(総電子数)=遷移金属の族数+配位子が供与する電子の数
として計算することが出来ます。ただし、錯体全体に電荷を帯びている場合([…]–や[…]2+など)は、その分だけ増減することに注意してください!
「配位子が供与する電子の数」は、X型配位子が1個の電子を、L型配位子が2個の電子を供与すると考えます。
要するに、
(配位子が供与する電子の数)=(Xの数)×1+(Lの数)×2
として計算することが出来ます。
例えば、金属MにCOが5個配位しているような[M-(CO)5]だったら、配位子が供与する電子の数は2×5=10個です。
それでは実際に例を出して、計算してみましょう!
(a) [IrBr2(CH3)(CO)(PPh3)2]
(b)[Cr(η5-C5H5)(η6-C6H6)]
(c)[Mn(CO)5]–
の3つの錯体についてそれぞれの総電子数がいくつになるか考えてみてください。
~解答~
(a)Irは9族であり、BrとCH3はX型配位子、COとPPh3はL型配位子です。
つまり、この錯体にあるX型配位子の数は3個、L型配位子の数は3個ですので、配位子が供与する電子の数は、1×3+2×3=9個です。
したがって、この錯体の総電子数は9+9=18個となります。
(b)Crは6族であり、η5-C5H5はL2X配位子、η6-C6H6はL3配位子です。
よって、(配位子が供与する電子の数)=1×1+5×2=11ですね。
したがって、この錯体の総電子数は6+11=17個となります。
(c)Mnは7族であり、COはL型配位子です。よって、配位子が供与する電子の数は、2×5=10個ですね。
ただし、この問題で注意すべき点は錯体全体が1価の負電荷を帯びている点です。配位子は中性なので、中心金属は1価の負電荷を帯びています。
よって、この場合は中心金属が電子を1個分だけ多く持っていると考えるので、中心金属由来の電子数が7+1=8個です。
したがって、この錯体の総電子数は10+8=18個となります。
電子対供与法
それでは、次に「電子対供与法」で計算していきましょう!この方法は、電気陰性度がカギになります!
電気陰性度を考えると、金属Mの電気陰性度は配位子と比較するとかなり小さいです。つまり、金属と配位子が結合した後は、結合の電子は配位子側にあります。
X型配位子は共有結合性、L型配位子は配位結合性なので、結合後は下図のような違いがあります。

図 各配位子における結合前後の金属の変化
つまり、X型配位子が金属Mに1つ結合するごとに、Mは形式的に正電荷を帯びてきます(酸化数が増加します)。
このように考えることで、金属の酸化数(形式酸化状態)が分かりますよね?
この「電子対供与法」では、錯体の電子数だけではなく金属の酸化数(形式酸化状態)とd電子数も同時に数えることが出来ます!
これが最初に「電子対供与法」をおすすめした理由です。
では、この方法でどのように数を計算するかというと、
一般式を[MXaLb]c+、金属の族数をNとして、
形式酸化状態:a+c
総電子数:N+a+2b-c(=N+2a+2b-(a+c))
d電子数:N-(形式酸化状態)=N-a-c
と計算することが出来ます!
この方法で数えるときは、まず錯体を一般式で表記し、上記の式にそれらの数字を当てはめればよいです。
では、先と同様の錯体について、形式酸化状態、総電子数、d電子数を数えてみましょう!
(a) [IrBr2(CH3)(CO)(PPh3)2]
(b)[Cr(η5-C5H5)(η6-C6H6)]
(c)[Mn(CO)5]–
~解答~
(a)一般式[MX3L3]、Irの族数は9より、N=9,a=3,b=3,c=0である。
よって、形式酸化状態:a+c=+3、d電子数:N-a-c=9-3-0=6、総電子数:N+a+2b-c=9+3+2×3-0=18となる。
(b)一般式[MXL5]、Crの族数は6より、N=6,a=1,b=5,c=0である。
よって、形式酸化状態:a+c=+1、d電子数:N-a-c=6-1-0=5、総電子数:N+a+2b-c=6+1+2×5-0=17となる。
(c)一般式[ML5]-、Mnの族数は7より、N=7,a=0,b=5,c=-1である。
よって、形式酸化状態:a+c=0-1=-1、d電子数:N-a-c=7-0-(-1)=8、総電子数:N+a+2b-c=7+0+2×5-(-1)=18となる。
これらの例題からも分かるように、どちらの方法で計算しても総電子数は同じになります!
18電子で安定になる?
先ほど例題であげた3つの錯体のうち、2つの錯体の総電子数が18でした。
一般に、錯体の総電子数は18になりやすいという法則があり、これは18電子則と呼ばれています。
なぜ、18で安定になるのでしょうか?それは軌道を考えれば理解することが出来ます。
遷移金属原子の最外殻の電子軌道として5つの(n-1)d軌道、1つのns軌道、3つのnp軌道があり、その合計は9つです。
この9つの軌道の全てが電子で埋まると、その遷移金属が属している周期の1番右側にある貴ガス元素の電子配置に一致します。
したがって、18個の電子が収容すると閉殻になるので、18電子錯体で安定になります。
ただし、総電子数が18とならない錯体も意外と結構あります。
したがって、「この錯体の総電子数を数えよ」みたいな問題で「18」と書いても割と×になるんですよね(笑)
でも、総電子数がどうしても分からないときの最終手段として「18」と書くのはありかもしれません…。
総電子数を数える応用問題
錯体の電子数を数える問題には、今までにご紹介したものだけではなく少し応用的なものもあります。
ここでは、「金属同士の架橋があるような錯体」と「配位子による架橋があるような錯体」の2つについて取り上げます。
初見だと悩むところですが、ここで一回理解してしまえばこのような問題にも対応できるようになるはずです!
①金属同士の架橋があるような錯体
下図のように金属同士で架橋しているような錯体だった時、(金属1つ当たりの)総電子数をどうやって数えればよいでしょうか?
この場合、各金属が1つずつ電子を持っていると考えればよいです。

図 金属同士の架橋があるような錯体
2つのFeの電気陰性度はもちろん同じですよね。したがって、それぞれのFeが1つずつ平等に電子を持っている(ラジカル状態)と考えることが出来ます。
よって、1つのFeに対してL型配位子であるCOが2つと、L2X型配位子であるCp(シクロペンタジエニル)が1つ結合しているので一般式は[FeXL4]と書け(N=8,a=1,b=4,c=0)、
N+a+2b-c+1(=ラジカルの分)=8+1+2×4-0+1=18電子と計算することが出来ます!
②配位子による架橋があるような錯体
次に、下図のように配位子(ここではCl)が架橋しているとき(金属1つ当たりの)総電子数は、どのように数えればよいでしょうか?
この場合、Clは一方のPdとは共有結合し(X型配位子として振る舞い)、他方のPdとは配位結合する(L型配位子として振る舞う)と考えます。

図 配位子による架橋があるような錯体
Clの最外殻電子は7個(孤立電子1つと孤立電子対3つ)ですよね。
つまり、Clが2つの結合をつくるためには1つの孤立電子が共有結合を形成し、1つの孤立電子対が配位結合を形成することになります。
したがって、1つのPdに対して、LX型配位子であるη3-アリル配位子と、X型配位子としてのClとL型配位子としてのClが結合しているので、一般式は[PdX2L2]と書け(N=10,a=2,b=2,c=0)、
N+a+2b-c=10+2+2×2-0=16電子と計算することが出来ます!
2つの応用例をご紹介しましたが、どちらもちゃんと考えれば正しく電子数を数えることが出来るはずです!
最後に
いかがでしたか?
今回は、遷移金属錯体における電子数の数え方についてご紹介してきました。
錯体の電子数を答えるような問題は、定期試験や院試に頻出と言えます。したがって、必ず電子数を数えられるようにしましょう!
ぜひ、参考にしてみてくださいね!
共有結合…2個の原子がそれぞれ不対電子を1つずつ出し合って電子対を作り、その電子対が共有されて出来る結合
配位結合…一方の原子から孤立電子対が、他方の原子からそれを受け入れる空の軌道が提供されて出来る結合